【孔子】「仁」は人間関係の基本!

こんにちは。本宮 貴大です。 

「対人関係で悩みがある。」

そんなあなたには、今回の記事は参考になると思います。

 

今回は、孔子を解説していきますが、孔子の教えの中心は「仁」です。「仁」という文字は、人が二人いることを表していますが、人と人が良好な関係を築くための教えが説かれています。つまり、「仁」について学ぶことで、対人関係の基本を知ることが出来るのです。 

古代中国は、血縁関係を重視した社会となっており、祖先を崇拝する祭祀や儀礼が行われ、そこから礼儀作法という親や年長者(兄)への敬愛を態度で現す社会習慣が一般化しました。

孔子が生まれたのは、紀元前550年頃とされていますが、正確な年は分かっていません。孔子は、「儒」という階級の家に生まれました。「儒」は、祭祀や儀礼を執り行う職業集団で、そんな家に生まれた孔子は、幼少期から様々な儀礼を学び、古代の歌がまとめられた『詩』、周王の歴史書である『書』といった古典を学びました。孔子は、周王朝創始者である周公を深く尊敬していました。

 

孔子の生きた時代は、春秋時代末期で、それまで血縁重視の社会から実力重視の社会への移行期でした。

周王室の権威は地に落ち、各地の諸侯が互いに覇権を争って群雄割拠する時代でした。各地では、子供が父親を倒したり、弟が兄を倒したり、部下が上司を倒したりするなど、身分の下の者が、上の者に実力で打ち克つような戦いが繰り広げられました。それは、まさに「仁」のない戦いです。日本でも下剋上の風潮が戦国時代に強まりましたが、孔子が生きた時代は、そんな戦乱の世だったのです。

そんな「仁」のない時代に、人々の親に対する敬愛の気持ちも、形骸化していました。古来より、成人した子供が親を食べさせるのは、当然でした。しかし、春秋時代の末期にもなると、子供は形式的には親を養っていても、親に対する尊敬の念は相当薄れていました。もちろん親を食べさせるのは大変ですが、わかった、わかった、食べさせておけばよいのでしょう、という居直った態度が目につきました。

孔子は、このような手段が目的化している状況を批判し、人々に親に対する敬愛の精神を取り戻すことを目的に、教えを説きました。

そんな孔子の教えの中心は、「仁」でした。

「仁」とは、「まごころ」とか「思いやり」などと訳されますが、少しわかりにくいので、孔子の言行録である『論語』のなかから「仁」について探ってみましょう。

子曰く、「巧言令色、少なし仁」

私達はつい、地位や権力、富のある人には、きめ細やかな礼儀作法で接します。孔子は、そんな巧みな話術(巧言)や着飾った容姿(令色)などは、相手に取り入ろうとする下心が透けて見えるため、そこに「仁」はあまり感じられないとしました。

子曰く、「剛毅朴訥、仁に近し」

それよりも、口下手で素朴だけれど、親しみやすいところにこそ、「仁」が宿っているとしました。孔子は、そうした他者への親愛を、「まごころ」と「思いやり」に分け、それぞれを「忠」・「恕」としました。

 

では、私達にとって、最も親しい人間関係は何でしょうか。それは家族関係です。孔子は、「仁」の根底にあるのは、「孝」と「悌」であるとしました。現代でも親孝行という言葉がありますが、「孝」とは、親に対する親愛の情です。また、「悌」とは、年長者(兄)に対する尊敬の念です。つまり、親や年長者に対して親愛や尊敬の念を示すことが「仁」の根底にあるのです。

「孝」や「悌」の対象が、君主や上司に代わったものが「忠」、すなわち、「まごころ」になります。「まごころ」とは、心の真ん中を表しますが、うわべだけの偽りではなく、心の底から主人に仕える誠実さを意味します。

また、孔子は、その他の他者に対しては、「恕」、すなわり「思いやり」の精神で接するべきとしました。「思いやり」とは、人間が一生をかけて実践していく「仁」の一つで、自分にしてほしくないことは、他者にもしてはいけない(己の欲せざるところを人に施すことなかれ)ということを意味します。

これらを踏まえて孔子は、人間の理想的な立身出世の物語を創り上げました。まず「孝」の精神で親に仕え、次に「忠」の精神で君主や上司に仕える。そして「恕」の精神で他者と接することで、立身出世が完成する。孔子は、これが最高の親孝行であるとしました。

 

今回は、孔子の教えについて解説しましたが、対人関係の基本は家族関係を良好にすることにありました。つまり、家族に対する「孝」や「悌」を育むことが、良好な人間関係を築く最初の一歩となるのだと思います。イエス=キリストも「隣人愛」を説いていますが、私達は、他人にはきめ細やかな礼儀を示しても、身近な家族への礼儀は蔑ろにしがちです。「親しき仲にも礼儀あり」とは、それを戒めた言葉なす。

家族関係を蔑ろにしていませんか。

良好な家族関係で築くために育んだ「孝」や「悌」の精神を、上司や他者などの家族以外の人達にも実践することで、対人関係での悩みが解決されるのだと思います。

【エピクロス】苦痛や恐怖から逃れる方法とは?

「人生の苦痛や恐怖から逃れる方法は何か?」

それが知りたくて、あなたは、この記事を開いてくれたと思います。

 

今回はエピクロスを祖とするエピクロス派を解説していきます。エピクロス派は、快楽主義とも呼ばれています。しかし、それは単に欲望を満たすだけのような刹那的なものではない。むしろ衣食住の贅沢や性の享楽は必要最低限に抑えるべきとしています。

エピクロスの快楽主義とは、快楽を得ることではなく、肉体的・精神的な苦痛から解放されることを目的とした思想です。

エピクロスは、郊外のエピクロスの園とよばれる庭園を開き、そこで友人らとともに平等で静かな自給自足の生活を送りました。エピクロスは、人間が苦しむのは、「地位や富を欲しがるから」だとしました。しかし、実社会で生きていると、限られた資源の奪い合いが起こるため、否が応でも競争社会に巻き込まれてしまう。

エピクロスは「隠れて生きよ」と述べ、時代や環境の変化に翻弄されないためには、実社会から一歩離れて平等で調和のとれた生活をするべきだと説きました。

そのためには、不必要な贅沢や名誉を求めることをやめ、物事に執着しない「穏やかな心」を持つ必要があるといました。そうすれば、神の国にいるような心の平安が得られると結論づけました。

東洋にも似たような思想があります。仏教では人里離れた寺院で修行をし、悟りの境地に至ります。また、中国の道教でも物事に執着しない仙人思想が含まれています。

 

エピクロスは、「死」についても言及しています。人間にとって最大で、かつ逃れることの出来ない恐怖とは、「死」だと思います。エピクロスは、デモクリトスの原子論を継承しており、人間も原子の集合体でしかなく、それが離散するだけで、何も恐れる必要はないとしました。

今回は、エピクロス派について解説しましたが、私達が苦痛から解放される方法は、「欲しがらないこと」でした。実社会では、欲しくても得ることが出来ないことがたくさんあり、それが苦痛の根源であるというのがエピクロスの主張でしょう。

「隠れて生きよ」とは、引退した老夫婦が家庭菜園などをして、のんびりと過ごしているイメージでしょうか。必要最小限の生活で満足するのは、ある種の「足るを知る」精神なのでしょう。

実は、この「足るを知る」精神が、現代の私達には必要なことだと思います。ここで少し脳内物質の話をします。現代の特に日本人はセロトニンが少ないといわれています。セロトニンは、「充足感」や「癒し」の気持ちが湧き上がってくる物質です。実社会で生きる私達は、何らかの社会的責任を負って生きており、そのプレッシャーから、日本人は「充足感」を感じにくくなっています。

このままでは、私達は肉体的にも精神的にも疲弊してしまいます。数年前に「置かれた場所で咲きなさい」という本がベストセラーになりましたが、セロトニンの分泌を促進することで、感謝や「足るを知る」精神が実現するのだと思います。

【ゼノン】ストイックに生きるとは?

こんにちは。本宮 貴大です。

2020年、新型コロナウィルスが日本でも流行し始めた時、スーパーやコンビニの棚からティッシュやトイレットペーパーがなくなりました。どこからか「発生源である中国から輸入が途絶える」というデマが広がったようです。実際、日本が中国からトイレットペーパーを輸入しているという事実はないのですが、それを信じた人達が、買い占めを行ったからです。

人は先の見えない未来に不安や恐怖を感じてしまいます。その結果、衝動的に行動しやすくなり、根拠のないネガティブな噂(デマ)も広がりやすくなり、互いに資源の奪い合いを始めます。普段では考えられない行動をとってしまうのです。
そんなとき、どうすれば良いのでしょう。今回解説するストア派は、そんな時代や環境の変化による不安や恐怖に翻弄されないための方法を説いています。

ストア派の思想が生まれたのは、ヘレニズム時代という時代の転換期に生まれた思想です。民主政を完成させたアテネは、スパルタとのペロポネソス戦争によって国力を落としました。そんな中、北方のマケドニア王国が、ギリシャ全土を支配下に置いてしまいました。ギリシャの民主政は解体され、専制国家に組み込まれたのです。
さらに、マケドニア国王のアレクサンドロス大王は、オリエントに遠征し、シリア、エジプト、イラン、インダス川に至るまでの大帝国を築き上げました。これによって、ギリシャの文化がオリエントに伝わり、またオリエントの文化がギリシャに入ってきました。これのヨーロッパ文化とオリエント文化の融合をヘレニズムといいます。アテネでは、ポリス市民としてではなく、世界市民(コスモポリテース)として生きていく必要に迫られました。

アテネ市民は、時代や環境の変化に恐れをなし、今後、どのように生きればよいかを模索し始めました。そんな時、現れた思想がセノンを祖とするストア派エピクロスを祖とするエピクロス派でした。
まず、両者の違い(以下、表)を理解してから、ストア派について解説したいと思います。

ストア派 エピクロス
禁欲主義 快楽主義
自然に従って生きよ 隠れて生きよ  
不動心 穏やかな心

ストア派は、ストイックの語源にもなっている通り、感情や欲に負けない心を持つべきだとする禁欲主義をとっています。
しかし、それは単に「感情や欲を我慢しろ」という意味ではなく、不安や恐怖を感じたときこそ、自身を律し、理性的に行動する必要があるという教えです。理性を失った人間ほど恐ろしいものはないのです。
先述通り、人間は先の見えない未来に不安や恐怖を感じます。その結果、社会は混乱し、争いや不正などが頻発してしまいます。
そんなとき、ストア派では、「自然に従って生きよ」と説いています。自然は常に中立的な立場で、規則正しく動いています。太陽は東から昇り、西に沈み、夏になれば気温が上がり、冬になれば気温が下がる。その法則が崩れることはありません。また、自然には感情がないため、不安や恐怖を感じません。ゼノンは、人間もそんな自然のように規則正しくムラのない生き方をするべきだとしました。
そのためには、時代や環境の変化に動じない強い心を持つことが大事だとした。ストア派では、その心を不動心(アパテイア)と呼んでいます。
ストア派の思想は、ローマ帝国にも引き継がれ、キケロセネカエピクテトスなどがストア派の哲学者として知られています。
そして、第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスがいます。マルクスは、皇帝としての業務の合間に『自省録』を書きました。ここには、時代の変化に翻弄されて、日常の業務やルーティンワークを蔑ろにしてはいけないという教えがあります。万物とは、絶えず生成消滅を繰り返すものであり、その変化に良い悪いという評価を与えているのは、人間である。神が創造したこの宇宙は、極めて中立であり、その理法に従うことが、自身を律することに繋がるのだと。
そのうえで、マルクスは、「自分が、毎朝、無事に起きることが出来たのは、神の計らいによるものである。そんな神に報いる方法は、自分の責務を果たすことである。」としました。

今回は、ストア派について解説しました。ストア派は、実社会の変化に正面から向き合い、自身を律する方法を説いています。
現代社会は、変化の激しい時代です。その変化のスピードに人間が追いつけていません。しかし、そんな時代の変化に翻弄されていては、日常生活やルーティンワークはままならない。そんなとき、自然のような原理原則に立ち返り、規則正しく、ムラのない生活を送る必要があるのです。

【お金の歴史1】なぜ物々交換からお金が生まれたのか?

こんにちは。本宮 貴大です。

「なぜお金は生まれたのか。」

これを知ることで、本来のお金の役割や便利さ、そして本質がわかると思います。

太古の昔、人間は狩猟採取の生活をしていました。田畑を耕して野菜を獲り、森や草原では狩りをし、川や海では魚を獲り、山や森では木の身や山菜を獲って食べるという自給自足の生活をしていました。

しかし、これらを家族単位だけで行うのは、大変です。出来たら一つの分野に集中したいところです。一方で、バランスのよい食生活をするために肉も、魚も、野菜も食べたいところです。

そこで、それぞれの家族が一つの分野に集中し、獲得した食糧を、別の食糧と交換するようになりました。お互いが相応の価値だと思う分を交換したのです。これが物々交換のはじまりでした。

しかし、物々交換にも問題点がありました。当時は、食糧がいつでも確保できるとは限りませんでした。農作物は雨が続いたり、日照りが続いたりすれば、育ちません。魚が一匹も釣れないときもあるでしょう。そうなると、価値の交換が出来なくなり、たちまち飢えの危機に瀕します。

そこで、食糧を貯蔵したいところですが、野菜や魚のような生鮮食品は、時間が経つと腐ってしまいます。人々は食糧を塩づけにしたり、稲作(米)のような比較的保存性のある作物も導入されたりしましたが、根本的な解決にはなりませんでした。価値を長期間保存できるものが必要とされました。

そこで誕生したのがお金でした。当初は貝殻や石でしたが、これなら腐る心配はありません。人々は食糧が余分に獲れたとき、その分をお金に換えて保存しておき、不作のときにそれらを交換したのです。

また、物々交換のときには、大根1個と交換できるのは、魚1匹なのか、それとも2匹なのか、価値の交換基準が曖昧でした。それが、お金が出来たことによってそれまで不明瞭だった価値尺度が明確になりました。

さらに、お金は持ち運びにも便利でした。それまで、物々交換のために大根を10個運ぶのは大変でした。台車や荷車をつかってもやはり限界があります。それに大根10個分の価値のものとしか交換出来ませんでした。しかし、お金なら、100個でも1000個でも持ち運べるため、より高価なものや、よりたくさんの価値と交換することが出来ました。

こうして人々は豊かな暮らしを手に入れました。

 

お金が生まれた経緯については以上ですが、以下、現代のお金(通貨)の役割について少しだけ解説したいと思います。

  • 商品交換の仲立ち・・・貨幣は交換手段として使われる。何かもの(労働力も含む)を売って、手に入れた貨幣で、新たに商品を買ったなら、それは貨幣が商品交換の仲立ちをしたことになる。
  • 価値尺度・・・商品の値打ちは、貨幣の単位によって示される。消費者は、その単位によって価値の高低を判断している。すなわち貨幣は、商品の価値尺度の基準になっているのだ。
  • 価値の保存・・・貨幣は、価値の貯蔵手段である。必要なときには貨幣を使って、いつでもどこでも価値の交換が出来る。

 今回は、お金が誕生した経緯について、解説しました。お金とは、物々交換の不便を解消するために生まれた道具でした。しかし、そんな道具でしかないお金が現代では、我々の生活を支配するようになりました。つまり、お金の多い少ないによって私達の生活水準は変わってしまうのです。人々はお金を得ることが目的になってしまい、そのためなら、どんな卑劣なことでもやってしまうような人達も出てきてしまいました。

手段と目的を間違えてはいけません。そんなときにこそ、お金の原点を見直す必要があるのです。

【アリストテレス】物事の本質はどこにある?

こんにちは。本宮 貴大です。

 

「君、この問題の本質は何だと思う?」

そんなことを聞かれたことはないでしょうか。物事の本質を見抜くにはどこに着目すればよいのでしょうか。

いくつか例を出してみたいと思います。

アメリカが日本に原爆を落としたのは正しかったか?」という質問に対し、アメリカ人のおよそ6割は「正しかった」とし、その理由は「それによって戦争を終わらすことが出来たから」だと答えているようです。

日本人からすれば彼らの品格を疑うくらい衝撃的な答えですが、これは物事の「結果」であって、「原因」ではない。つまり、「なぜアメリカは日本に原爆を落としたのか」についてしっかり学んだうえで回答しないと、この問題の本質を突いているとはいえない。

また、「貴方が欲しいものは何ですか?」という質問に「お金!」と即答する人がいます。しかし、これは物事の「手段」であって「目的」ではない。

お金は、あくまで交換の道具であり、その人はお金で交換出来る何かが欲しいのであって、お金そのものが欲しいわけではないですよね。(一部そういう人もいますが。)

このように物事の本質とは、「原因」や「目的」のことを言います。アリストテレスは、この2つを組み合わせて「目的因」としましたが、物事の成立には4つの原因があるとする四原因説を唱え、物事の本質に迫りました。以下、四原因説を示します。

  • 始動因・・・物事を動かす原因

  • 質料因・・・物事を構成している原因(材料・素材)

  • 形相因・・・収まっていくべき形態

  • 目的因・・・目指されるべき目的

この四原因説は、住宅の建設(施工)を例にするとわかりやすいです。新築住宅が欲しいと思うAさん家族がいととします。その発注を受けた設計事務所が設計図書を書きます。そこには、木材やコンクリート、鉄やステンレスなどの材料が事細かく記載されます(質料因)。また、住宅の図面や竣工(完成)イメージも描かれています(形相因)。この設計図書をもとに大工が住宅を施工(工事)していくわけですが、そのときの大工には「報酬を得るため」だったり、「職業としてのやりがい」などの何らかの動機付けがあります(始動因)。そして、竣工した住宅は、発注者であったAさん家族に引き渡されるのです(目的因)。

 

アリストテレスは、プラトンの弟子ですが、彼はプラトンイデア論を批判しました。プラトンは、物事の本質は現実世界とは別の、全てが完全である世界(イデア界)にあるとしました。これに対し、アリストテレスは、物事の本質はあくまで現実世界にあり、物事ひとつひとつに内在しているとしました。

そこで重要とされるのが、形相因と質料因です。例えば、椅子があったとすれば、プラトンは「この椅子は、イデア界の不完全なコピーに過ぎない」としますが、アリストテレスは「質料としての木材が、椅子という形相に収まっている」とするのです。

 

また、アリストテレスは、四原因説のなかで、目的因を重視した目的論的自然観を持っていました。目的論的自然観とは、あらゆる物事は可能性をもっており、運動変化することによって、実現し、そして実現された状態を生かして活動をしているという考えです。例えば、イモムシは蝶になる可能性をもっており、それがサナギになって運動変化をすることで、実現し、以後、蝶として活動をしていくのです。

これを人間に当てはめるとどうなるでしょう。アリストテレスは、人間は「徳を持った人」になる可能性を持っており、徳のある行動を続けることで(運動変化)、実現し、以後、徳のある人間として生きることが出来るとしました。

 

今回は、物事の本質について解説してみました。プラトンイデア論に比べてかなりわかりやすかったと思います。その証拠に、当時のアテネでもプラトンの理論は受け入れられず、むしろアリストテレスの理論の方が、後世のヨーロッパやイスラーム教圏に大きな影響を及ぼしています。

現在、企業などでで「なぜなぜ分析」という手法で、直面する問題の解決が図られています。問題の本質を見抜くには、「原因」を見つける必要があるのです。その原因を4つに分類し(四原因説)、その中で特に重要なのは、目的因であるとしたのがアリストテレスだったのです。

【プラトン】イデア界ってどんな世界?

こんにちは。本宮 貴大です。

「将来は、アイディアを形にする仕事に就きたいです。」

私も大学生の頃、そんなことを思っていました。

「こんな物があったら、もっと便利なのになぁ」

私達の身のまわりにある商品・サービスは、そんな‘空想(アイディア)‘から生まれたのではないでしょうか。

アイディアとは、「理念」とか「想念」などと訳されますが、頭の中では既に成立している‘空想‘のことをいうのではないでしょうか。

このアイディア(idea)こそ、ギリシャ語の「イデア(idea)」が由来となっています。‘空想‘という言葉が出てきましたが、仏教にも‘空‘という概念があります。この‘空‘も、イデアとほとんど同じ意味だと思われます。

今回はその「イデア」について考えてみようと思います。

 

イデアを提唱したのは、古代ギリシャの哲学者・プラトンでした。プラトンギリシャの裕福な家に生まれ、幼い頃から英才教育を施されていました。当時のギリシャでは、最高峰の職業は政治家でしたが、プラトンも当初、政治家を志望していました。しかし、師匠であったソクラテスの刑死に衝撃を受け、哲学者としての道を歩むようになりました。誰よりも正しくあろうとしたソクラテスを死に追いやってしまったアテネの堕落ぶりにプラトンは大きく失望しました。プラトンは、アテネ市民の不正を正し、アテネを理想国家へと導こうとしました。そのため、アテネ郊外に学院アカデメイアを開き、次世代の政治家の育成や、教育に力を入れました。 

 
   

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まず、私達が住んでいる現実世界とは、どのような世界なのでしょうか。目で見ることが出来る世界、

耳で聞くことが出来る世界、

肌で感じることが出来る世界など・・・。

現実世界とは、このような五感(感覚)で捕らえることが出来る世界のことをいいます。

 

一方、プラトンイデア界は、第六感(精神)で捉える世界のことをいいます。この第六感を、‘精神‘や‘心‘と言い換えても良いかも知れません。

第六感なんていうと、オカルトっぽく聞こえてしまいますが、実は私達の生活は、第六感によって支えられていると言っても過言ではありません。

たとえば、なぜ私達は小説の世界に入り込んでしまうのでしょうか。

目で見ているのは、活字そのものであって、実際に体験をしているわけではありません。ですが、私達の第六感が想像力を働かせて、疑似体験をしているのです。

その他にも、スピーカーから流れ出る音楽でノリノリになったり、大迫力の映画を見て、思わず身体がのけ反ってしまうこともありますよね。

また、それこそオカルトの話ですが、写真に人の顔のようなものが映り込んでいた時、これを心霊写真だと思い込んだりするのも、第六感の働きによるものです。もっと身近な例でいうと、適当に三本の線で結んだ図形を、皆が「三角形」と認識できるのも、第六感の働きによるものです。

さらに、危険予知や危機管理能力も第六感によって支えられています。

たとえば、道路の真ん中で遊んでいる子供達を見て、大人が「危ないよ!」と注意することがあります。これも第六感が、この後、起こる(であろう)最悪なシナリオを想像しているからです。その他にも、シミュレーションやイメージトレーニングも第六感によるものです。

 

このように私達の生活は、第六感(イデア)によって、豊かな暮らしや、安心安全が実現されているのです。

 

さて、精神世界の話になりましたが、実はイデア界とは、科学的にも既に証明されています。イデア界とは、科学的には情報空間と呼ばれたりします。

私達の住んでいる物理世界は、0~3次元までが存在する「空間」です。20世紀の物理学者であるアインシュタンは、ここに「時間」の概念を加えて4次元としましたが、実は5次元以降も存在することが彼によって証明されました。(いわゆるE=mc^2ですが、詳しくは量子論を学んでみてください。)

この5次元以降を、現代では情報空間と呼んだりします。情報空間は、時間を超越しているので、過去の膨大な経験(データ)を保存し、必要に応じてそれを取り出すことが出来ます。熟練の大工が、ミリ単位の寸法で材木をカットすることが出来るのも、過去の膨大な経験が蓄積されているからです。

先ほど、道路で遊んでいる子供達を、大人が注意する例を出しましたが、子供は過去の経験が浅いので、危機管理能力が低いのです。

しかし、当時のギリシャを生きたプラトンは、この経験の蓄積を、単に思い出しているだけだとしました。私達は生まれる前、イデア界に住んでおり、全てを熟知した完全な魂が、この世に生まれると同時に、肉体という牢獄に閉じ込められたことで、その記憶を忘れてしまったのだと。

 

現実世界にあるものは、絶えず生成消滅をしています。美しく咲いた桜は、1週間程度で散ってしまいます。しかし、イデア界にある桜は、永遠不滅なため、私達はいつでも咲いた桜を思い浮かべ、美しいと感じることが出来ます。

なぜ、現実世界のものは、こんなにも儚いのでしょうか。それは、現実世界のものは、イデア界のものを模倣したコピーでしかないからです。私達は、イデア界にある原型や模範を追い求める理想主義の一面もあります。

プラトンは、現実世界に住む人々を洞窟に閉じ込められた囚人に喩えています(洞窟の比喩)。その囚人は洞窟の入り口に背を向けて座っており、入り口付近には松明が燃えているため、その前を物体が通ると、洞窟の壁に影が出来ます。囚人はその影を真実だとだと思い込んでいるとしました。

しかし、プラトンは、洞窟の外から出て、全てが太陽に照らされたように光り輝く世界に目を向けるべきだとしました。その世界こそがイデア界であり、そこにある物事が真実であるとしました。すなわち、精神の目で物事を見るようにするべきだとしました。

 

現代、私達は大変便利な生活をしています。例えば、通信技術とグルーバル化の発展によって、世界中のどこでも瞬時に取引が出来るようになり、また、スマートフォンがあれば、いつでもどこでも情報を得たり、誰かと話したりすることも出来ます。もはや空間と時間の概念がなくなっています。

それは「こんな物があったら便利なのになぁ」という人間のアイディアが形として現実世界に生み出してきた結果だと思います。つまり、イデア界の中に新たな商品・サービスのヒントが隠されているのではないでしょうか。

私達は、時代と科学技術の発展によって「イデア界」を実現しているのかもしれません。

【ソクラテス】善く生きるとは?

こんにちは。本宮 貴大です。

 

ソクラテスによると、「善く生きる人」とは、「善い人」であるとしています。「善い人」とはどんな人なのでしょうか?

たとえば、「善いハサミ」とは、切れ味が鋭いハサミのことです。また「善い馬」とは、速く走ることが出来る馬のことです。

では、「善い人間」とはどんな人なのでしょか。

ソクラテスは、「善い人間」のことを「徳のある人」と表現しました。徳とは、日本の学校で学ぶ「道徳」とほぼ同じ意味ととらえて差し支えない。

民主政治が繁栄した当時のアテネでは、人間中心主義の拡大解釈によって、市民一人一人が勝手気ままに行動しても良いという風潮が蔓延していました。すなわち、不正をしてまで、富や地位を獲得しようとする者が増えてしまったのです。

こうしたアテネの腐敗をソクラテスは痛烈に批判し、人々に「善く生きる」ことを説きました。では、ソクラテスのいう「善く生きる人」とはどのような人なのでしょうか。カリクレスという野心的な人物との対話をみながらその理解を深めてみましょう。

 

カリクレス 「ソクラテスよ。あなたは、善く生きることを説いているが、それで本当に幸福になれるのかね。」

ソクラテス 「そう確信している。不正をしてまで富や地位を獲得しても、魂が傷つくので、真の意味で幸福になることなど出来ないのです。」

カリクレス 「でもね。ソクラテスよ。アテネ市民の中には、不正をして富や地位を得ても幸せそうに生きている者がいるではないか。不正をすることも個人の才能のひとつなのだ。不正をしてはいけないなどとは、そのような才能がない弱者が負け惜しみを言っているだけではないのか。」

ソクラテス 「貴方は人間としての品格を失っていますね。身体は健康かも知れませんが、魂は不健康そのものですね。」

カリクレス 「そんなことはない。自然界では、弱肉強食が大原則ではないか。強い者が、弱い者を支配し、強引な方法で欲を満たしているのだ。強くなくては生きていけないのだ。」

ソクラテス 「それが原因ですね。あなたは強い者の定義をはき違えていますね。強い者とは、自らの欲望や快楽をコントロールし、正当な方法でそれらを満たしていく者のことを言うのだよ。一方で、地位や富などは人間の附属物でしかないのだよ。人間の本質は徳であり、地位や富は、徳を持った人間に生かされてこそ、はじめてその効力を発揮するのだ。」

 

 このようにソクラテスは、善く生きることは、魂を傷つけないことであるとし、魂を良くするためには、魂に徳が備わっている必要があるとしました。では、魂に徳を備えるにはどうしたらよいのでしょうか。ソクラテスは次の3つの手順を踏む必要があるとしている。

  1. 知徳合一
  2. 知行合一
  3. 福徳一致

 まず、「善」というものを知らなければなりません。「善」とは、善悪の判断基準に照らし合わせて「善」に分類されることを言います。「善」を知らなければ、善と悪をはき違えてしまうことになりかねません。また、その基準がより高次になったものを「真の善」といい、例えば「他人のものを盗んではいけない」などは低次の善であるといえます。そんな「真の善」を知り得た者が徳のある人だとしました(知徳合一)。

次に、知り得た「善」を行動に移す必要があります。逆いうと、行動が伴わないのであれば、それは「善」を知らないことと同じなので、腑に落ちるまで「善」を学び、自然と行動出来るようになる必要があります(知行合一)。

そして、善を知り、行動に移すことを繰り返すことが、善く生きるということであり、それこそが幸福な生き方であるとした(福徳一致)。

 

ソクラテスは、人間にとって大事なのは「どれだけ生きたか」ではなく、「いかに生きるか」にかかっているとした。